「工都」大阪。

まだ活きているのでしょうか。
“東洋のマンチェスター”は。







西区の土佐堀界隈は、俗に云う“住友村”。
最後に勤めたプロダクションのあった西区の立売堀界隈は、螺子屋さんや鉄パイプ屋さん街。
阿倍野区や東淀川区辺りは大きな鉄工所が多かった記憶があり、それらの下請け町工場の多数がここ、東大阪市に集中しています。

キレイに舗装された通りでも道をちょっと一本入れば、アスファルトは赤茶色い錆と、雨の日にはシャボン玉のように美しいオパール色した油染みだらけ。



これらの踏みにじられて石むき出しになったアスファルトの染みは、「工都」大阪のシンボルマークです。










木曜日の夕刊に掲載されていた記事で、下のようなモノが目に留まりました。


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看護士学校教員の従姉から、従姉の同級生の旦那さんの出身校である市立工業高校は頭がいいと聞いたけれど、開校は明治41年とあり全国唯一の6年制だそうです。










パート先の母と年齢が変わらないおばちゃんより、「興味があるんやったら、工専は?」と言われました。

高専は同級生が先生し知っていたけれど、工専は知らなく検索掛けると、まぁ興味深い。

HPを開いた状態で息子を呼び、見せました。






スッカリ行く気になってんで。
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by suze69 | 2013-02-23 00:30 | 日記的話題